姓名判断の流派 中国や台湾は百家争鳴
夫婦別姓問題がにわかに注目を集めてきていますので、原点に帰って、姓名とは何かについて考えてみたいと思います。![]()
日本では姓名判断の流派は大きく分けて旧字派(旧字体の画数で計算する流派)と新字派(現行の新字体の画数で計算する流派)の二つあり、そこから陰陽五行を応用して使ってみたりはしていますが、画期的で独創的な内容はなかなか生まれてきていません。![]()
日本の姓名判断は五運(天格、地格、人格、外格、総格)、三才五行(天格、地格、人格の五行バランス)などによって判断しています。画数の計算方法は、康煕字典(こうきじてん)を基準とした旧字体の画数で計算する流派(熊﨑式)と現行の新字体の画数で計算する流派(桑野式)などがあり、新字派の桑野燿齊(くわのようさい)による「桑野式内画法」では、三才五行を廃して五運の他に独自の4つの格をとり、同格現象、内格法という独自の考え方で吉凶を判断しています。
一方、姓名学が長年、培われてきた中国、香港、台湾では、流派が多数分かれていて、「十大派」となり、それぞれが独自の世界観を培って体系化されています。十大派は、具体的には八字派、生肖派、格局派、五格派、六神冲剋、九宮流年、筆画派(太乙派)、天運派、三才派、十長生に分かれています。![]()
日本では、中国や台湾で姓名学がどのように発展してきたかを熟知していた漢学者の林文嶺(はやしぶんれい)、その高弟で言語学者の永杜鷹堂(ながもりがんどう)らが日本の姓名学の草分けでした。彼らは「五行大義」(秦から隋までの五行説を集大成・分類した書物で日本の平安時代の貴族文化、陰陽道、仏教などに多大な影響を及ぼした)など平安時代から脈々と受け継がれてきた中国式姓名判断の源流に精通しており、日本の姓名判断の始祖のように見られている熊﨑健翁(くまざきけんおう)による「熊﨑式姓名学」と呼ばれる姓名判断を構築するために姓名学や易を指導をしたのが永杜鷹堂でした。![]()
元来、姓名判断の原型は、中国の陰陽五行思想、十干十二支(じゅっかんじゅうにし)の十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)にあります。古代中国では、数字を一、二、三、四と数えず、甲(こう=日本式はキノエ=木の兄=陽の木)、乙(おつ=キノト=木の弟=陰の木)、丙(へい=ヒノエ=火の兄=陽の火)、丁(てい=ヒノト=火の弟=陰の火)と数えていました。それぞれ、木火土金水の五行の陰陽のいずれかに当たり、本来の数字の意味はそこから来ています。十一以降は甲甲、甲乙、甲丙…の順番に入れ替えていくだけです。数の意味の十干の各意味をしっかり把握し、組み合わせによるバランスが分かれば、画数の意味は理解できることになります。![]()
中国、香港、台湾ではこの原則を核として姓名判断や名づけが行われ、生年月日時から解析される紫微斗推命(しびとすいめい)や四柱推命(しちゅうすいめい)とも連関させながら独自の中華姓名判断が確立されています。画数の吉凶ばかりをことさら強調しすぎる日本の姓名判断と違い、漢字の象意や原意、十干の組み合わせ、陰陽五行のバランスを重視する流派が多いのが印象的です。名づけについても、季節や年回りによって象意に合わせて名前の候補を決め、選んでいきます。これが中国本来の正当な姓名判断の源流です。![]()
これから、数回に分けて中国や台湾で使われている姓名学、姓名判断の各流派について紹介していきたいと思います。日本では、これらの流派を超える独自の姓名学は出てきていません。
私がこれまで中国や台湾、香港での各流派を見てきた限りでは、日本の姓名判断は、むしろ、いくつかの中国や台湾の流派の考え方をうまく受け入れて日本化させたと見てよいでしょう。画数の吉凶の取り方も、日本の姓名判断とほぼ共通しています。姓名判断の源流は、元来、中国にあるのであって、日本ではないということは認めざるを得ないでしょう。![]()
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